11月に行った講演会とその感想 Part One


11月はよく講演会に行く月だった。仕事ではなく、あくまでもプライベートで行ったのだが、ついついメモを取ってしまう。一種の職業病だがブログに感想を書こうと思っていたというのもある。記憶力薄弱というかインタビューで話した内容、講演会で聞いた話など、かたっぱしから忘れてしまう。会話のなかで水を向けられるとけっこう憶えていたりするので、普段は一時記憶の領域から削除されているのだと思われる。HDDにデータは残っているのだが、メモリ上のデータは寝ると消去されてしまうのだ。(おかげでいやなことがあっても翌日には忘れている)そんなわけで後日感想を書くなら、メモは必須なのだ。

11月の講演会第一弾は11月2日、浜離宮朝日ホールでおこなわれた『人生相談ライブ』である。出演は詩人の伊藤比呂美さんと作家の高橋源一郎さん、それに音楽ゲストとして箏曲家・沢井一恵さんが加わるという趣向だった。主催は公益財団法人 東京都人権啓発センター。


(イベントのフライヤー。当日スマートフォンを持っていくのを忘れたので写真はなし)

客席を見渡してみると観客の年齢層は平日の映画館と同じか、やや高いといった印象。平日の映画館にあまり行く機会のない方のために申し添えておくと、近頃の映画館、とくに平日昼間はお年寄りが占める割合が多い。レディースデイなど特定割引のある日は女性も多いのだが、全体に年齢層が高いのは事実であると思う。この日の観客はそれよりもやや高めという印象だったから、中心をなしている年齢層は60代〜70代といったところか。

1ベル、2ベルにつづいて伊藤さんと高橋さんが舞台に登場する。舞台の上には椅子2脚と小さなテーブル、マイクスタンドがあるが、2人とも立ったままで話しはじめた。まずは自己紹介から。

伊藤比呂美さんは現在62歳。地方のブロック紙で人生相談コーナーを20年にわたって担当している。回答者は伊藤さん1人であり、どんな相談にも答えなければならない。

「だから私、人生相談ならなんでも答えられるんですよ」

そんな伊藤さんは現在カリフォルニアと熊本を行ったり来たりする生活を送っている。

高橋源一郎さんは現在66歳。高橋さんも毎日新聞で人生相談コーナーを担当しているが、こちらは回答者が複数いて、それぞれが新聞社の担当から振られた相談に答えるというスタイルをとっているらしい。高橋さんの人生相談歴は2年半。

「以前、夫が不倫をしました。離婚するべきでしょうか、どうしたらいいでしょうか? という相談があったんですが、こういうの、ぼくが答えていいのかって思うんですよね。だってぼくは5回結婚していて、つまり4回離婚しているんです」

ちなみに過去4回の離婚では慰謝料はいずれも白紙委任で「言われた金額を払います」ということで決着をみたらしい。高橋さんは「だからぼくは死ぬまで働くことになってます」といつものあのトーンでさらっと語るのだが、その白紙委任状を4回出したとなると、これはなかなか壮絶な話である。

講演会は二部構成で第一部は2人による雑談。日本の社会問題について、というざっくりとしたテーマはあるものの、どんな方向に転がっていくかは登壇者にもまったくわからない。第二部は講演会のタイトルどおり、会場から寄せられた人生相談に2人が答える。一部と二部の間にあるインタルードで箏曲家の沢井さんが琴を演奏するということになっているらしい。

第一部でまず取り上げられたのは、当時タイムリーだった「大阪の高校生が髪を黒く染めろと強制されて登校拒否になった(その後、勝手に退学ということになっていた)」というニュース。

「校則で髪を染めるのが禁止されているのに髪の色は黒じゃなきゃいけない、だから染めてこいっていうのがまずおかしいんだけど、それ以前の話として、髪くらい自分の好きな色に染めたっていいんじゃないのって思うわけですよね。これ言うと黒く染めなきゃいけないのはおかしいって人たちも賛同してくれないんだけど」と高橋さん。

「ウチの娘が小学生のとき、ひと月間だけ日本の学校に通わせたんだけど、そのときにピアスの穴をどう隠すかっていうので悩んだんですよね」と伊藤さん。

こういう回答者からの答えを相談者が求めているのかどうかよくわからないが、2人が話していることはよくわかる。日本では子どものときから「個人の自由」とか「人権」「個性」といったものが認められていないのだ。その代わりに「みんなに迷惑をかけないかぎりにおいて、好きなことをしてもいい」「自分の意見を言うのは自分勝手なことだから慎むように」などと言われて育つ。伊藤さんの娘さんも日本型教育を受けた子どもたちと、うまくいかなくなったらしい。

「イギリスの保育園はみんな勝手だから、アナーキー&カオス。イギリス在住のエッセイストが言ってましたけど、日本の保育園ではみんな大人の言うことを本当によく聞くし、並びましょうと言ったらきちんと並ぶ。イギリスの子どもと比べたら天使? っていうくらい違う。でもそれってみんなと同じに行動しましょうって洗脳されていて、そのことを異常だと思えなくなってるんですよね」
「日本の女の子をみていると、子どものままでいる方が好ましいと思ってるんじゃないかと思えてくる。フェミニズムはどこに行ってしまったのだ(笑)。底上げはされてると思うけど……」

その話を受けて高橋さんが高校時代のエピソードを披露。

「ぼくの学校も校則で坊主、制服と決まっていたけれど、こういうのって何のために決められているんですかって教頭先生に訊いたことがあったんですよ。教頭先生の答えは『規律のためとか言われてるけど、そんなん全然違う。本当の狙いは学生を屈服させるためなんや』。これ、すごいでしょう」

「貧しい家の子がかわいそうだからとか、社会にはルールがあるのだから学校でもルールを守ることを学ばなければいけない、とか言うじゃないですか。それは嘘なんですか、と訊くと『奴隷は奴隷であることを忘れるために、そういう理屈を考えるんや。これがホントの奴隷根性や』って言うんです。ぼくはこの人は本当にいい先生だなと思いましたね(笑)」

幼い頃からの家庭での躾、さらに高校までこのような教育を受けた結果、子どもたちのほとんどは奴隷マインドになってしまう。高橋さんは大学の先生をしたときに、このことを授業で実感したそうだ。

「授業でね、90分何も言わずに座っていたことがあったんです。教室には50人くらい生徒がいたのかな。誰も何も言わない。呆れて『なんで何も訊かないの』って言ったら最前列にいた子が『何か指示があるんだと思ってました』って答えるんだね。これはすごいことだと思うと同時に『なんで黙ってるんですか?』って訊ける子どもを作ることがぼくの仕事だと思った」

このエピソードが第一部のハイライトだったような気がする。雑談形式では45分の持ち時間はあっという間に終わってしまう。冒頭、2人で話す予定だと語っていた「トランプ、小池百合子をどう思うか」など時事・政治関係の話にはまったく触れられなかったのが残念だった。

成田空港のバゲッジクレームに立っている日本人の男の子は見ればすぐわかるとか、サービス業に従事する人たちがなぜあんなに卑屈な態度でなければいけないのか、など、いろいろ話は出たのだが、その多くはぼく自身も普段から思っていることで、とくに目新しいものはなかった。まわりの観客を見るとよく笑っていたので、この年齢層の人たちにとってはきっと面白いのだろう。それは「奴隷としての教育を受け、そこからちょっとだけ自由になった人たち」の笑いのように、ぼくには思われた。

 

第二部は会場からの人生相談に2人が答えるわけだが、ウィットと笑い、「自由な個人がいる社会」とのギャップで話が進んでいくことは容易に想像できた。小学校の第1日目から学校に馴染めなかったぼくとしては、こういうときに取る行動は大体決まっている。つまらない教室を抜け出して、自分の好きなことをしにいくのだ。

というわけで琴のセッティングが進む会場を1人であとにした。「まわりの人と同じと刷り込まれてしまうのが日本教育の悪いところ」という第一部の話からすると、きわめて正当な判断だったと思うのだが。