嫌われ者が歌うとき


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DVDが出たので「Darkest Hour(邦題:ウインストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男)」を観た。原題は英語で使われるフレーズ「The darkest hour is just before the dawn(夜がもっとも暗いのは、夜明け前である)」からきていると思われるが、邦題はこれ以上ないくらい説明的だ。ポスターはどこからどう見ても葉巻をくわえたチャーチルだが、日本ではチャーチルを知らない人も多かろうということで、この邦題になったのかもしれない。


(英語版予告編)


(日本版予告編)

予告編を見比べてみると、日本版の方は「事前知識として説明できることはすべて詰め込んでおこう」という意図がかなり強く感じられる。アカデミー賞最有力候補という文字から始まり、ナレーションでWWII勃発時にチャーチルが直面した状況を説明する。山場となるシーンもかなり入っている。それと比べると英語版予告編の方はナレーションもなく(海外映画の予告編ではナレーションによる説明は基本入らない)カットのつなぎで見せる編集になっていて、ずっと抑制的だ。こういう編集の方が映画のタッチにも合っていると思う。

この映画、ゲイリー・オールドマン(英国人の共演者はみんなギャリーと発音していたが)をチャーチルに変身させた特殊メイクも話題となった。担当したのは辻一弘氏で2018年のアカデミー賞 メイクアップ&ヘアスタイリング賞も受賞。辻さんは現在、現代芸術家として活動しているが、監督ジョー・ライトのたっての頼みで特殊メイクを手がけることにしたのだという。


(特殊メイクの様子を紹介した5分弱のドキュメンタリー)

この映画、海外ではかなりヒットした。観客の大部分は25歳以上の大人だったそうで、英語版wikiによると制作費30ミリオン(3千万)ドルに対して興行収入は150.2ミリオン(およそ1億5千万)ドルを記録したという。良質なストーリーを求める映画ファンは、やはりかなりの数いるようだ。スーパーヒーローものやアクション映画に食傷気味、ということもあるいは関係しているかもしれない。日本での興行成績はどうだったのだろう。

邦題では「ヒトラーから世界を救った男」というサブタイトルがつけられているが、じつはこの映画、連合軍がナチスドイツに打ち勝つまでのドラマはまったく描かない。ロンドンへの爆撃や、ついにアメリカが参戦を決め、イギリスの勝利が決定的となった1941年12月8日のこともまったく出てこない。描かれるのは1940年5月、チャンバレンから首相の座を引き継いだチャーチルに降りかかってくる、わずか3週間ほどのできごとだ。後半、民間船によるイギリス陸軍の救出作戦(@ダンケルク)が描かれるが、ここでも徴用された民間船がドーバー海峡を渡っていくシーンだけが描かれる。

監督のジョー・ライトは「チャーチルは就任から3週間あまりの間に3つの名演説をおこなっている。なぜこのような短期間の間に立て続けに名演説ができたのか。それがこの映画をつくるきっかけとなった」というようなことをメイキングで語っていた。チャーチルを失脚させようとするハリファックス、チェンバレンとの駆け引き、当初は疑念、その後友情へと変わっていくジョージ六世との関係、夫を支えるクレメンティーン(クリスティン・スコット・トーマス)、観客の視点を代弁するエリザベス(リリー・ジェイムズ)など登場人物がかなり多いにもかかわらず、ストーリーはもつれることも停滞することもない。125分という長さをまったく感じさせないあたり、俳優の演技、脚本、編集ともかなりのものだ。

この映画のもうひとつのテーマは「ことばの持つ力」だろう。チャーチルの名演説はもちろんだが、それ以外のシーンでも思わず唸らされるような名台詞がいくつも登場する。たとえば妻クレメンティーンがプレッシャーに押しつぶされそうな夫に対して語りかける台詞がすごい。

You are strong because you are imperfect.
You are wise because you have doubts.
From this uncertainty the wisest words will come.

あなたは完璧ではないから強いの。
何ごとにも疑いを抱くからこそ賢明なの。
至言とは、この不確かさのなかから生まれてくるものなのよ。

エンディングではハリファックスやチェンバレンのその後、ナチスドイツに勝利したあとチャーチルが首相に再選されなかったことなど、その後数年分の歴史的事実が簡潔に字幕で説明される。いかにも陰謀うずまく英国議会という感じもするし、戦争は終わったのだから右翼政治家はもういらないと意思表示する英国市民の冷徹さが感じられる部分でもある。これを受けて、さらにチャーチルのことばが掲げられる。

Success is not final, failure is not fatal.
It is the courage to continue that counts.

成功がゴールではない。失敗も終わりではない。
続けていく勇気こそが大事なのだ。

日本における「ことばの力」とは何だろうか。

*チャーチルは戦後、1951〜55年にかけて再度首相に就任するが、このときのおもな“実績”は核兵器保有と反共対策だった。在任中の53年にはノーベル文学賞を受賞している。