『ホームレス ニューヨークと寝た男』


公開されたときに見逃していた映画、『HOMME LESS(邦題:ホームレス ニューヨークと寝た男)』を観た。元ファッションモデル、現在はファッション・フォトグラファーをしているマーク・レイという男性の物語。予告編はこちら。

こっちは日本版公式ウェブサイト。

http://homme-less.jp/

ニューヨークのストリートでファッション・フォトを撮っている50代男性が、じつはホームレスであり、とあるビルの屋上で寝泊まりするようになってもう6年になる、という話。カメラはそんな彼=マーク・レイの日常とサバイバル・ノウハウを追っていく。

ウェブサイトには「自由を追求したら、家は必要なくなっていた」とか「世界一スタイリッシュなホームレス」といったキャッチコピーが並んでいるのだが、彼の実像はじつはまったく正反対だ。

ファッションモデルとしてはうまくいかず、ヨーロッパで写真家として食っていこうとしたものの文無しになってアメリカに帰国。激安のホステルに泊まっていたらベッド・バグ(トコジラミ)に全身を刺されてしまった。ベッド・バグにたかられた状態で友達の家に転がり込むわけにもいかないので、合鍵をもっていた友人アパートの屋上でキャンプ生活を始めたら、なぜかそのまま6年が過ぎた。容姿や立ち振る舞いのせいもあり、マークはまったくホームレスには見えない。

映像的にも面白いし、設定としてもなかなか興味深い。しかし予想に反してストーリーはなかなか前へと進んでいかないのである。

才能がないと認めながらもファッション・フォトグラファーの仕事を諦めることができない。華やかなファッション業界の一端に身を置きたいという願望もあるだろうし、街をゆく美人に声をかける口実を失いたくないという思いもあるのだろう。役者の仕事もときおり入ってくるが、たいていはエキストラ程度。容姿がいいので女性との出会いもときおりあるが、それが自分の人生を変えるような関係に発展することも、いまのところないようだ。

スクリーンに映し出されるのは、虚飾の世界に首までつかった50代の男が迷う姿である。彼は何を求めているのか。おそらく自分でもよくわかっていないのだろう。だから当然の結果として映画は同じところをぐるぐると回りつづけるしかない。はっきりしているのは、この映画が公開されたらマークはいまいるビルの屋上にはいられなくなるだろう、ということだけだ(映画で名前も売れるし、いまの生活を変えるきっかけになるかもしれないじゃないか、と監督が言ったかどうかはわからない)。

監督のトーマス・マルティンゾーンはオーストリア生まれの元モデルでマークとはモデル時代に知り合ったという。現在はニューヨーク在住でおもにコマーシャル、プロモーションの世界で活躍している。トーマスにとって、この映画は初の長編作品で2014年にニューヨークドキュメンタリー映画祭(メトロポリス・コンペティション審査員賞)、キッツビュール・フィルムフェスティバル(ベストドキュメンタリー賞)などの賞を獲得した。成功しているか/していないか、住まいのある/なしの違いはあるが、2人の境遇はよく似ているとも言える。

設定は面白いし軽く観るには悪くないのだが、なんというか刺さるものがない。たとえばマークが「自分は家族以外の人に愛していると一度も言ったことがない」と語るシーンがあるのだが、それはなぜなのか、といったところには映画は踏み込んでいかない。どうして他者と関係をつくっていけないのか、という内面にも降りていかないし、理想とする自分、理想の暮らしとはどんなものなのか、といった将来への見通しもほとんど語られない。

結果あとに残るのは「マークってダンディでとてもホームレスには見えない」「あんな感じで暮らしていくのも、ひょっとすると悪くないんじゃないか」みたいな野次馬的な感想である。

ニューヨークに住む孤独な男がストリートでファッション写真を撮り続ける、という映画には『Bill Cunningham New York(邦題:ビル・カニンガム&ニューヨーク)』という作品があった。


(ビル・カニンガムは昨年6月に87歳で亡くなった)

ビルも孤独な男だ。たったひとりでカーネギーホールのStudio(日本語でいうところのワンルーム)に住んでいて、部屋にあるのは今までに撮影した膨大なフィルムと資料、撮影に使う機材くらい。長年住んでいた部屋を立ち退くことになり部屋探しをするシーンがあるのだが、キッチンではまったく料理をしたことがない、だからキッチンなんでどうでもいいんだ、と彼は言う。

映画のエンディング近くで監督はビルに「あなたは誰かと恋愛関係になったことはあるんですか?」と訊く。ビルの答えは「それは私がゲイかって意味かい?」「誰とも恋愛したことはないね」。すると監督はさらにこう訊くのだ。

「毎週教会に通っていますが、信仰はあなたにとって重要な要素ですか?」

ビルは複雑な表情を浮かべ、うつむいたあと「信仰は人生を導いてくれる手引きのようなものだ」「私にはとても大事なものだ。なぜかはわからないけど」とコメントする。映像はビルのことばより、はるかに雄弁だ。

ビル・カニンガムがゲイだったか、そうでなかったか。なぜ信仰のことを訊かれてあのような表情を浮かべたのか。こうした質問の答えには、ほとんど意味がないとぼくは思っている。ファッションに取り憑かれながら長年ひとりきりで暮らし、ニューヨークのストリートで写真を撮る。それは自分の人生でありながら自分自身では変えようのないラビット・ホールだ。
できることなら『HOMME LESS』も、そんな映画であってほしかったのだが。

それにしても日本版の宣伝文句って、なんであんなに内容とかけ離れてるんだろうか。