ならず者とコンピュータ


別の場所で書評っぽいエントリを書いたことがあるのだが、『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい(原題:blink The Power of Thinking Without Thinking)』についてまた書く。

 

原題は『ひらめき 考察をともなわない「思考」がもつ力』というような意味で、そのままでは日本の読者というか、日本の書店や配本システムになじまない(わかりにくい、キャッチーでないといって非難されるだろう)。その意味で邦題は意を尽くしたなかなかよいものだ。翻訳を担当したのは沢田博、阿部尚美の両氏で、本文の翻訳含め、とてもいい仕事をしている。

日本語以外の言語で書かれた本の善し悪しを決める最大の要因は、言うまでもなく翻訳である。ここでいちいち「この本の翻訳はひどかった」というリストをあげることはしないけれど、読むのをやめようかと思うような翻訳に当たることもときにある。これは読者にとっても著者にとっても、じつに不幸なことだ。

この本の著者はマルコム・グラッドウェル。’96年から雑誌「ニューヨーカー」の専属ライターとして活躍している人物で、2000年に上梓された『ティッピング・ポイント ── いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか(原題:The Tipping Point: How Little Things Can Make a Big Difference)』がベストセラーとなった。この作品は『ティッピング・ポイント』のヒットのあと、2005年に出版されたものだ。

グラッドウェルがこの本を書こうと思ったきっかけは、3人の警官からレイプ事件の容疑者として尋問されたことだったという。この本の企画を思いつく数年前、グラッドウェルはとくに理由もなく髪を伸ばし始めた(アフロヘア)。するとスピード違反で捕まるようになり、空港のセキュリティチェックでも入念に身体検査をされるようになった。ちなみに彼はイギリス生まれカナダ育ちで、母親はジャマイカ生まれの心理セラピスト、父親はイギリス・ケント出身の大学教授(専攻は数学)である。

下はTEDでの講演風景。サムネイルを見るだけでも彼がどんな風貌の人物かがよくわかる。

ある日、グリニッジヴィレッジの外れを歩いていたグラッドウェルは、パトカーから飛び出してきた3人の警官にまわりを取り囲まれた。警官が言うには、彼がレイプ犯の特徴に酷似しているのだという。だが犯人の特徴に合致していたのは、じつはアフロヘアという一点だけだった。この件をきっかけにグラッドウェルは人がいかに第一印象に縛られるものか、ということについて考え始める。

「しかし、なぜ第一印象はそんなに強烈なのだろう? そう思って、いろいろ調べていったら本書ができた」

グラッドウェルはさまざまなケースについて膨大な取材をおこなったのだろう。なかでもプロローグに出てくるクーロス像にまつわるエピソードは、「つかみ」として完璧だ。1983年9月、J・P・ゲッティ美術館(カリフォルニア州)に一体の大理石像が持ち込まれた。紀元前6世紀の「クーロス(Kouros)」と呼ばれる立像である。美術館はカリフォルニア大学の地質学者を招き、14ヵ月にわたり立体顕微鏡や電子顕微鏡検査、質量解析、X線回折など、あらゆる手法で調査をおこなった。そのデータにもとづき石像は古代ギリシャ時代のものであると結論された。

ところが美術史家や美術館の館長など、専門家の意見は正反対だった。彼らのほとんどがクーロス像を数秒見ただけでなにかがおかしい、と感じたのだ。あらためて石像の特徴、書類を調べてみると疑わしい部分が次々と見つかった。「このように一気に結論に達する脳の働きを『適応性無意識』と呼ぶ。心理学で最も重要な新しい研究分野のひとつである」とグラッドウェルは書いている。

結局、J・P・ゲッティ美術館はこのクーロス像を購入した。美術館のウェブサイトでは画像を見ることもできる。制作された場所については「ギリシャ(?)」、年代については「紀元前530年頃、もしくは現代の模造品(about 530 B.C. or modern forgery)と書いてある。

この話を皮切りに『第1感』ではさまざまなエピソードが紹介される。なかなか読ませる話もあるが、そうなのか、と感心する程度で終わってしまう話もあり、終盤はさすがにパターンが読めてきて、読んでいるこっちがちょっとだれる、というところもある。だが取材は丁寧で平均点は高い。連載コラムとしても一冊にまとまった単著としても、これならほとんどの編集者が合格点を与えるはずだ。

個人的にはベトナム戦争で鳴らした「ならず者司令官」が、バーチャル作戦演習で米軍精鋭チームを撃破してしまう第4章、「瞬時の判断力」がよかった。リタイヤしてバージニアで暮らす元「ならず者司令官」、ポール・バン・ライバーの書斎には、計算理論や軍事戦略に関する本が並んでいたという。ライバーは語る。

「ベトナムでの経験やドイツの軍事評論家カール・フォン・クラウセヴィッツの著書を読んで、戦争は本質的に先が見えず、めちゃくちゃで、連続性のないものだと確信するようになった」

演習でコンピュータを駆使する米軍チームは、ライバー率いる「敵軍」のマイクロ波中継塔と光ファイバーケーブル網を破壊した。そうすれば衛星通信や携帯電話に頼らざるを得なくなり、通信傍受が容易になると考えたのだ。ところがライバーはバイク便や祈りの言葉にメッセージを隠し、米軍チームの裏をかいた。『パイロットと管制塔が交信せずにどうやって飛行機を離陸させたのだ』と聞かれたときのライバーの返しが秀逸だ。

「第二次大戦のことを覚えているかね? 照明を使うんだ」

しかしこれはあくまでも2005年時点での話。アルゴリズムや人工知能の進化によって状況はどう変わったのか、どう変わっていくのか、そのあたりもかなり気になる。『適応性無意識』がコンピュータに敗北する日は近いのか。大衆が日々ネットから降ってくる情報を受容しているだけの生活を続けるなら、答えはイエスということになるだろう。そして、それはすでに現実となっているように思える。