ベース・フェチだと気づくのに30年かかった話


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10代前半でもっとも再生回数が多かったアルバムは? と訊かれて、えーなんだったかな、と考え込む人と、絶対これ、と即答できる人がいるとすると、自分は完全に後者である。日野皓正の「CITY CONNECTION」1979年。

カセットテープにダビングして暇さえあれば聴いていた。外出時もループで脳内再生。79年というと初代Walkmanが発売された年なのだが、そんなもの高嶺の花すぎて買おうとも思わなかった。大体、自宅にあったレコードプレイヤーはオールプラスティック(一応スピーカー別体だったがテントウムシのプレイヤーと基本スペックは変わらない)、出力端子なし。生録した音源をラジカセで聴いていたんである。(音質がよくないのでFMで放送される音楽番組をエアチェックして聴くことも多かった)

タイトルチューンのCITY CONNECTIONはサントリーホワイトのCMにも使われていて、ジャズフュージョンならではのコード感とコルネット(とフリューゲルホルン)の音、アーバンな雰囲気が好きだったのだと長年思っていた。しかし、再生回数のなんとなく多かったアルバム、好きだった曲を並べてみると、どうも共通項はベースラインのようなのだ。

たとえば渡辺貞夫のベストアルバム「NICE SHOT!」(1980年)の1曲目、タイトルチューンの「NICE SHOT(曲のタイトルにはエクスプラネーション・マークがない)」。この曲のみ新録でクレジットを見ると1980年3月、ビクター・スタジオでレコーディング&ミックスとある。パーソネルはデイヴ・グルーシン&ドン・グルーシン(Key)、ボビー・グルーム(G)、マーカス・ミラー(B)、ボビー・ウイリアムス(Dr)、ロジャー・スキーテロ(Per)。マーカス・ミラーは59年生まれなので、このとき20歳そこそこである。スラップと指弾きのミックスで、ベースラインがそのままリフとなっている。


(画像 via Amazon)

同じような構造というか、イメージの曲としてはルーサー・ヴァンドロスの「Never Too Much」がある。1981年。このベースもマーカス・ミラー。

この路線で音楽を聴いていたら、当然パトリース・ラッシェンの「Forget Me Nots」(1982年)もチェックしていただろう。(ベーシストはフレディ“レディ・フレディ”ワシントン)

実際には10代後半になるとハードロック、ヘヴィーメタルとアメリカン・トップ40を並行して聴くようになり、ジャズ、フュージョンからも、R&B、ファンク・ミュージックからも離れてしまっていた。なんとセンスのないヤツかと思うが、頭が悪かったので致し方ない。

ところで先述のアルバム「CITY CONNECTION」のベーシストはアンソニー・ジャクソンである。この人はたしか指弾きとピック弾きの人でスラップは演らない。後年はロングスケールの6弦ベースを弾いていたが、70年代当時はフェンダーのジャズベースだったと思う。テンション(弦張力)高そうな音、メロディアスで独特のベースライン展開、絶対にモタったり遅れたりしない緻密なプレイなど、独特の世界観があって、この人もベースラインでリフを食ってしまう系。

20代前半は自分としては例外的に邦楽をよく聴いていた時期なのだが、このとき再生回数が多かったのは大沢誉志幸の「LIFE」(1986年)。大沢誉志幸のアルバムとは相性があまりよくない方で、1枚聴き通したことはほとんどない(好きな曲はけっこうある)のだが、このアルバムは通しでよく聴いた。

このアルバムはスタジオ・ライブ(ただし追加録音あり)として録音され、当時の扱いはミニアルバムだったと記憶している。レコード盤の収録曲は6曲で、たしかCD化されたときにシングル盤の「クロール」とB面の「Time Passes Slowly」が追加されて8曲になった。


(画像 via Amazon。スタジオ・ライブ・レコーディングの様子を収めたDVDも出ている)

ベースを弾いているのはセッションプレイヤーにしてキリングタイムのメンバーでもある荻原“メッケン”基文。1曲目はエンベロープ・フィルター踏みっぱなしのファンク、曲によってフレットレス・ベースなども使い、どの曲もベースラインが非常に印象的。

フレットレスベースというとベース好きの人はジャコかもしれないが、ポール・ヤングの「Every Time You Go Away」「Everything Must Change」のピノ・パラディーノもいい。(よくものの記事にミュージックマン・スティングレイのフレットレスを使用と書いてあるが、この映像では、そのスティングレイを弾いている姿を見ることができる。背が2メートル以上あるというだけあってデカい)

と、こんだけベースラインが特徴的な曲ばかり「お気に入り」でありながら、ベース好きという自覚症状がなかったのだから我ながら呆れる。

そういやスガシカオもベースフェチで、モニターはベースしか聴いてない(ベースしか出してないだったかも)と、どっかで語っていた。好きなベーシストにミシェル・ンデゲオチェロなど挙げていて、へえ、変わった性癖の人もいるのだねえ、などと思っていたのだが、自分もまさにその1人だったわけである。なんというボンクラなのだろう。