『データが語る日本財政の未来』


明石順平著『データが語る日本財政の未来』(インターナショナル新書)読む。
初版は2019年2月。前著『アベノミクスによろしく』の続編のような内容となっている。

内容についてはタイトルがすべてを言い表しているような気もするが、カバーの折り返し部分にある惹句を読むと、よりわかりやすい。こんな感じである。

政府総債務残高の対GNP比が、先進諸国で唯一200%を超えている日本財政。借金返済を先送りした結果、日本は膨大な債務に足を引っ張られ、それが経済成長にも悪影響を及ぼしている。

公的データによる150以上のグラフや表を用いて、国債、異次元的金融緩和、人口減少、税収など、あらゆる角度から、日本財政の問題点を分析。財政楽観論を完全否定し、通貨崩壊へと突き進む日本の未来に継承を鳴らす。

著者の明石さん自身あちこちで書いているが、この本も前著の『アベノミクスによろしく』も、読んでいて楽しくなるような本ではない。むしろ悲惨な未来予想図を見せられて、憂鬱になる人が大半なのではないかと思う。それでも多くの人に読まれているのは、いまの日本が直面している現実と予想される未来が、とてつもなくヤバそうだからだろう。まえがきには、こうある。

この本に書かれていることは日本にとって非常に不都合な事実です。右派からも左派からも嫌われる内容でしょう。辛い事実は誰もが目をそらしたくなるものです。しかし、その不都合な事実を伝えるのがきっと自分の役目なのだろう、と私は割り切っています。
恐ろしい事実が書いてありますが、逃げずに向き合ってください。

この本の内容はすべて公的データに基づいて書かれているので、否定のしようがない(*)。「不安を煽るな」と大音声を発したり、危機の迫った駝鳥が砂に頭を突っ込むがごとき現実逃避をしても、何も変わらないのである。一方で「厳しい現実」や「データから導かれる理詰めの結論」と向き合えないのは日本の伝統文化、という話もある。カタストロフィーを目前にして、もっとも苦手なことをやらねばならない、という状況に追い込まれた日本がいま、どうなっているか。

*本文の註にもあるが「厚労省の毎月勤労統計調査が過去十数年間にわたり本来とは異なる手法で行われていたことが、2019年1月の新聞報道で明らかになった。本書では代替するものがなく、やむを得ず賃金データをそのまま用いている」とのこと。公的データが改竄されてしまうと正確な現状認識、未来予測はできなくなってしまう。国際社会での信用が完全崩壊するまで、どれくらいの有余があるのだろう。

自己責任論による弱者切り捨て、人種差別および排外主義、歴史改竄主義とデータ改竄の横行なんていうのは、この5〜6年でかなり目につくようになってきた。地上波テレビ、新聞、ラジオを一切見ない(聞かない)のでよくは知らないが、大手メディアでこの手の話、必ずしも否定的には扱われていないらしい。先日も「アフリカ人同士がフランス語で会話するのを、みんなで笑う」バラエティ番組があったとTwitterのTLで知った。

不都合な真実だろうと、なんだろうと『データが語る日本財政の未来』に書かれているのは、ほぼ客観的な事実と呼んでよいものだ。数値をよく見せかけるために行われたGDPのカサ上げ「ソノタノミクス(明石氏命名)」についても、かなりページを割いて解説している。「ほぼ」と但し書きをつけたのは、公的データのうち、どれくらいが改竄されているのか、現時点では判断がつかないためだ。(それにしてもすごい時代になったもんである)

読んでみると「何でも知っているモノシリ生物モノシリンが太郎君に説明する」というスタイルは『アベノミクスによろしく』と同じである。対話形式は読みやすく、理解もしやすいという利点があるが、文章自体の切れ味は正直、今ひとつではある。しかし、それをさっ引いても読むに値する内容だと思う。目次はこんな感じ。

国債とは何か
財政赤字が増えた原因
税収の国際比較
アベノミクスの大失敗
アベノミクスの失敗をごまかす「ソノタノミクス」
日本は資産があるから大丈夫?
巨額の日銀当座預金がもたらすもの
歴史は繰り返す 〜高橋財政〜
今、そこにある未来

個人的には少子高齢化が急激に進む日本の(近)未来と解決策について言及した第9章「今、そこにある未来」が興味深かった。著者によると財政を立て直すには「増税と緊縮」「経済成長」「極端なインフレ」という3つのオプションがあるが、少子高齢化、医療費、社会保障費が増大するこれからの日本で高度成長期のような「経済成長」が起こるとは考えにくい。「極端なインフレ」が起きれば国の借金はチャラになるが、そのあとにする借金もインフレで急速に膨らむので、あまり根本的な解決にはならない。

というわけで著者の結論は「増税と緊縮」へ向かう。

「先送り」をしてはいけない。先送りは基本的に「その場しのぎ」にしかならず破局を先延ばしにしているにすぎない。高齢化にともなうコストはみんなで負担しなければならない。借金で永遠にごまかせると考えるのは、あまりに無責任である。

じつにまっとうな意見だが、良薬は口に苦い。政治家は選挙で勝ちたいだろうし、資本家はどんなに労働者を痛めつけてでも、より利潤を追求したいと考えるだろう。果たして日本という社会、国家はそこまで理性的になれるだろうか。

過去の歴史を振り返ってみると日本という国は理性的かつ地道な努力を続けるよりも、乾坤一擲の大博打に出たがる傾向をもっているように思える。「ここで勝負しないと沽券に関わる」「あとは野となれ山となれだ」「将来のことなど知ったことか。あとの世代がなんとかするだろう」みたいなマインドが太平洋戦争を招き寄せたと言えるし、その総括は戦後になってもついにされなかった。

『データが語る日本財政の未来』で語られなかったものは、少なくともふたつある。ひとつは移民問題。少子高齢化が急速に進む局面では、移民の受け入れという選択肢はひとつの解決策ではある。だが移民問題には、つねに差別問題、格差問題がつきまとい、それが大きな問題となっている。(これはアメリカ、ヨーロッパの状況を見ればよくわかる)

日本は伝統的に差別に寛容な社会なので移民に対して不寛容、かつ差別的な態度で接するものと考えられるが、この傾向はすでに各方面で出始めている。たとえば在特会をはじめとする排外主義者のデモ、学校での「純日本人以外の子ども」に対するいじめ、差別。日本に住む外国籍の人に対し、あまりにも理不尽かつ非道な入国管理局。大手メディアでは大々的には取り上げられていないかもしれないが、こうした傾向は数年前からはっきりと出ている。これは移民の増加と無関係ではないだろう(*)。

*日本の移民流入は世界第4位で2015年の流入者数は前年比5万5千人増の35万人(OECDの国際移住データベースによる)

もうひとつはハイパーインフレが現実化する危険性だ。本書では先にも紹介したようにハイパーインフレ後に借り入れる借金が膨らむため、借金を帳消しにする解決法としては問題が多いとして選択肢からは外されている。しかし日本政府は太平洋戦争に負けたあと、新円切り換え、預金封鎖、資産への増税をやった前科がある。

当時は明治憲法下だった、今は議会の承認が必要だ、という話も本書には出てくるのだが、あちこちで危険性を指摘されている「緊急事態法」が実現したら、政治家(と官僚)は同じようなことをしたいと考えるのではなかろうか。「まさか、いくらなんでもそんなことは」と自分も思いたいが、現在の世界情勢と日本社会、国会中継の様子などを見ていると、かならずしも起きないとは言い切れない。繰り返しになるが、なんともすごい時代になったもんである。