『民主主義の死に方』から学ぶこと


『民主主義の死に方』という本を読んだ。原題はHow Democracies Die(民主主義はいかにして死ぬのか)といい、著者はスティーブン・レビンツキーとダニエル・ジブラット、訳は濱野大道という方である。2018年新潮社刊。

ペンギンブックスの表紙にある副題は「What History Reveals About Our Future(歴史が明らかにする私達の未来)」だが、日本版は

「二極化する政治が招く独裁への道」
司法を抱き込み、メディアを黙らせ、
憲法を変える──。
「合法的な独裁化」が、
世界中で静かに進む。
全米ベストセラーの邦訳。

と、かなり説明的である。ついでに言うと日本版は池上彰氏による解説がついていて、これが本文「はじめに」のさらに前に置かれている。この手の本になれていない人のため、ということなのかもしれないが、個人的にはこういう「しつらい」はあまり好きではない。「訳文が今ひとつで、読者を引き込む力に欠ける」と思ったのかもしれないが、だったら訳文を仕立て直せばいいように思う。

参考までに書いておくと、訳文は丁寧でわかりやすく、まったく問題のないものだった。思わず引き込まれてしまうような魅力のある文章かというと、そこまではいかないけれど、ひどい訳が当たり前だったりする本邦の翻訳本事情を考えると、文句なしに合格点のつけられるものである。

現在「世界じゅうで民主主義が後退している」と言われていて、その主唱者のひとりに民主主義研究の第一人者と呼ばれる政治学者、ラリー・ダイヤモンドがいる。世界をちょっと見渡しただけでもベネズエラ、タイ、トルコ、エジプト、ハンガリー、ポーランド、ロシア、そしてアメリカと実例にことかかないわけだが、意外にも著者は「民主主義が後退している」とする説には懐疑的だという。

では、どんな処方箋があるのかというと、

報復戦を避ける
ルールや規範を護る
親民主主義勢力の結集
二極化の克服

そんなことで勝てるのかよ、と思ってしまうが、この本では、そこへ至る道のりが丁寧かつ理性的な論考によって示される。過去の独裁政権がいかに始まり、どのようにして台頭したかについても細かく検証されていて、そのリストはフジモリ政権(ペルー)、ベルルスコーニ(イタリア)、ウゴ・チャベス(ベネズエラ)、エルドアン大統領(トルコ)、コレア大統領(エクアドル)、マルコス政権(フィリピン)、ファン・ペロン大統領(アルゼンチン)、プーチン大統領(ロシア)、ハンガリーのオルバーン政権等々、多岐にわたる。

著者によると独裁者を見きわめるためには4つの行動パターンに注視すればいいそうだ。

①ゲームの民主主義的ルールを言葉や行動で拒否しようとする。
②対立相手の正当性を否定する。
③暴力を許容・促進する。
④対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする。

民主主義の破壊のしかたには、いくつかのパターンがあるが、多くの場合、破壊の過程はゆっくりと進み、市民の多くはその進行にまったく、あるいはほとんど気づかない。独裁者は危機を煽ったり利用したりして、みずからの権力を正当化しようとするという。

民主主義が死んでいく過程についての大きな皮肉のひとつは、民主主義を守ろうとする行為そのものが、しばしばそれを破壊するための口実として使われるということだ。未来の独裁者は、経済危機、自然災害、さらに安全保障上の脅威(戦争、武装闘争、テロ攻撃)を使って、反民主主義的な政策を正当化しようとする。

なんだかどこかで聞いたような話だが、こうした歴史を踏まえた上で論考はアメリカについて進んでいく。南北戦争、奴隷解放から公民権運動に至る歴史。トランプ政権の誕生と1年目の実績。これから民主党と共和党はなにをしなければならないか。

とくに本の後半は規範を失った共和党、その共和党と民主党がどのように闘うべきかについて多くのページが割かれている。ここでも著者が寄って立つのは、民主主義が与えてくれた過去の教訓だ。

民主主義を支えるのは規範(不文律)であり「対立相手は敵ではない」。組織的自制心によって特権の乱用を避け、相互的寛容の精神をもつこと。これらを著者は「民主主義のガードレール」と呼んでいる。現在はそのガードレールが失われつつある状況だが、トランプが政権を去ったからといって、その機能がすぐに回復するわけではない。過激主義の排除と民主主義の再建が必要なのだ。

共和党は過激主義の要素を党内から取り除かなければいけない。より多様な層から有権者を取り込むことを目指し、規模が縮小しつつある白人キリスト教徒の支持層への依存をやめるべきだ。そして、白人至上主義に訴えることなく選挙に勝つ方法を見つけなければいけない。つまり、アリゾナ州選出の共和党上院議員ジェフ・フレイクが名づけた「ポピュリズム、移民排斥主義、大衆扇動のシュガーハイ」に頼るのをやめる必要がある。

壮絶なまでの理性主義。しかし、こちらも過激主義と不寛容をもちだせば、今ある民主主義は壊れてしまう。諦めたらもちろん終わりで、勝利がいつやってくるかわからない(どちらかというと日々敗北が続くように思える)なか、楽観的な態度で闘いつづけなければならない。

これはけっこうしんどいことで、相当の知的強靱さがないと(というか知的強靱さがあったとしても)ゲームを続けていくのはかなり難しい。でもやらなきゃしょうがないのである。

ここまで読んだ人には自明かもしれないが、今の日本もまったく同じ状況にある。これから先の10年、20年を考えるとき「過去の歴史に学び、報復戦は避けよ」と語るこの本は、基礎参考書として役に立つに違いない。

闘うつもりがあるのなら、という話だが。